北畠具親城

別名 関岡城 付近住所 三重県名張市長瀬 現在-
具親城
神屋敷城
2009/8/17 碑・案内板アリ 日本城郭大系


北畠具親 この城は、山全体を城として造り上げたもので、通称「城山」と呼ばれています。
北畠具親は伊勢国司北畠晴具の次男で、小さいころより僧をめざし、奈良の興福寺にいました。
天正4年(1576年)具親の兄である伊勢国司北畠具教がその養子になった織田信長の次男の北畠信雄に殺されました。
それによって伊勢の支配は織田氏に移ってしまいました。
そのことを聞いた具親は、家来であった奈垣の吉村氏に身を寄せ、織田氏から実権を取り戻そうと準備をしました。
その時に築かれたのが、この城だといわれています。

     


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